眠くなったときの対策7選

 先週、生徒さんに「眠い時はどうしていますか」と聞かれました。私は即座に「寝る」と答えました。結局、眠気は寝ないと根本的に解消しませんし、Sleep Debt(睡眠負債)という言葉もあるように、睡眠不足は負債として溜まっていくと言われています。睡眠の質を上げたり、上手に疲れを取り除くことは大事ですが、ちょっとした眠気覚ましにどのようなことをすればいいのかを調べてみました。ネットの情報で恐縮。

その① やはり「寝る」

その② カフェインを摂る

その③ 昼寝をする

その④ 立つ

その⑤ ツボを押す

その⑥ 強い光を浴びる

その⑦ 眠気に効くアロマを嗅ぐ

などがあります。

その① やはり「寝る」

 「寝る」といっても、睡眠の質を上げると言った方がいいかもしれません。身体に合った枕と睡眠サイクルを自分なりに見つけるのが一番でしょう。一般に、ロングスリーパーやショートスリーパーがいると言われています。私はどちらかというとロングスリーパーに入りますね。ショートスリーパーの人から見れば、ロングスリーパーは「単なる甘え!」という風に見えるでしょうが、本当にロングスリーパーは甘えでも何でもなく寝ないと体力が持ちません。ただし、起きる時間は一定にした方がいいと言われています。

その②カフェインを摂る

 エナジードリンクが大流行した年に、生徒さんから「身体の小さい人は、エナジードリンクを3本飲むと死ぬらしいですよ。だから、今度飲んでみてください」と、殺す気満々で言われたことがありました。まず、「だから飲め」ってどういうことなんでしょう(笑)。あのね、健康な大人は普通エナジードリンク3本では、まず死にませんし、常識的にそんなに身体に悪そうなものを好き好んで一気に3本も飲みませんよ(いや、3本ぐらいならいるかもしれませんけどね)。ほどほどに。

その③昼寝をする

 昼寝はいいらしいです。15分ぐらいがちょうどいいとか、寝る前にコーヒーを飲むと15分ぐらいでカフェインが効いてくると言われています。眠いときは寝過ごしそうなので、15分のつもりが、そのまま寝てしまいそうで怖いんですけど。昼寝ではないんですけど、試験前日に、ちょっと仮眠をとるつもりが、本格的に寝入ってしまって気がつけばすでに9時過ぎていて、しまった!単位が…と思ったら夜の9時だったという経験があります。類似の話で、「遅刻だ!→日曜日だった」バージョンもあります。15分で起きるには、椅子で寝るぐらいがちょうどいいでしょう。

その④ 立つ

 眠くなったらとりあえず立ちましょう。立つと血流が改善するので、眠いけど仕事中寝てはいけないときに目立たないように立ったり座ったりを繰り返していた経験を思い出します。昔、昼の仕事と塾講師を掛け持ちしていたときですね。今より若かったからできましたが、もうやりたいとも思いませんし、効率もよくないです。家で暗記などをするときは、立って覚えるようにすると頭に入りやすい気がするのですが。

その⑤ツボを押す

 目頭、首のうしろのくぼみ、中指の爪の生え際のあたり、てのひらの中心を押してみる。たぶん、効かない(笑)。少なくとも、私には。

その⑥強い光を浴びる

 これは、朝目覚める時にもいいと言われていますよね。そして、夜スマホやPCのライトなどをみていると眠れなくなるとも言われます。ドラマの取調官も「お前がやったんだろう」といいながら顔にライトを浴びせます。確かにそれは効きます。でも、どうしても眠い時は光が当たっても寝るときは寝てしまいますね。

その⑦眠気に効くアロマを嗅ぐ

 ペパーミント、ローズマリー、レモン、ユーカリ、ハッカ、ジュニパーなんかがいいらしいです。スーッとしそうですね。いい香りなんでしょうけど、強い眠気に効くかどうかは疑問。

まとめ

 いろいろあるけど、やはり「寝る」以外にない。

 

Flood

佐賀駅は午前中水浸しになっていたようですね。駅の北側に位置する当塾も少し高くなっているとはいえ、フロアの絨毯が少し湿っておりました。最近カフェイン依存になっているので、近くの自販機でコーヒーを買おうと下りて行ってみると、悉く電源が切られています。仕方がないので、駅の近くのコンビニまでと思っていたら、途中の自販機が使えたのでそこで買ってきました。今日は、少し早めに塾を閉めようと思います。心配してくださったみなさんにこの場を借りて御礼申し上げます。

 

本気のニートについて考える

 起業準備中の友人が「(自営業を)本気でやらないと無職と変わらん」という話をしていて、ぼんやりと考えたことをつらつらと書いてみます。ご本人は、自分が本気でやるのだとおっしゃっていたのですが、個人経営の学習塾を立ち上げたばかりの私には耳の痛い話といいますか、「お前は本気で仕事しているのか」と言われているようで、まだ努力が足りないといえば足りない気がしてなんだか叱られた気がしました。しかし「本気でやる」という抽象的な表現をどのように解釈していいのかわからなかったので、それに関して私には特になにも返す言葉がありませんでした。最近の私は「本気でやる」という抽象的なことをなるべく言わないようにしているからです。本気の無職っていないのかな?とか、ちょっと引っかかりどころもあり…。とはいえ、友人はとても親切で努力家であり、友達も多くいわゆる「いい人」なのです。だから、まったく批判的な感情でこれを書いていることではないことだけは断っておきたいと思います。

本気でやることという言葉はときどき人を混乱させる

 私は過去に、つい「本気でやってください」みたいなことを言って生徒を怒らせてしまい、確かによくなかったなと反省したことがありました。とても優秀な生徒さんだったのに。今ではできるだけ「何ページから何ページまでをいつまでにやってください」とか、「ここを覚えてください。試験に出やすいから」という言い方をするようにしました。「本気でやれよ」と言うのは簡単だけど、最近サボりがちな人でもそれなりに本気で悩みながらも何をしていいのかわからない人が多いのではないかと思うようになりました。我々は当たり前のように、何度も説明をしたのだからわからないとか覚えられないというのは甘えなのではないかと思ってしまいますが、意外に「わかったり」「覚えたり」するにはその前段階の知識が必要で、その知識が不足しているとかなりしんどい思いをするし、時間もかかるし、そもそもそんな苦行を続けていけるほど人間は強くできていないのです。

フリーターはニートよりも就業しているだけましという考え方は危険

 私は、非正規雇用で働いていた経験が長く、「就業しているだけまし」と思っていました。つい最近まで。しかし、よく考えるとニートにもいろいろあって、海外なんかに行くと、家が裕福で海外を転々と語学留学したり旅行に行ったりしている人たちもいらっしゃるのです。語学留学は就学しているのでニートとも違うのですけど一応無職といえば無職。それを、就業はしているけど非正規でほとんど対価に見合わない労働をしている人と比べるのも何か違う気がします。非正規でも、スキルを蓄積できる雇用ならいいのですが、誰にでもできる仕事を朝から晩まで繰り返しているだけなら思考停止のような気さえします。無策のフリーターより本気で将来を考えるニートの方がいいのではなかろうかと。

情弱になってはいけない

 我々はなぜ学ぶのか。学び方を学ぶ。そして考える。身体を使って日銭を稼ぐことより、頭を使えるようにならなければならない。知識や情報があれば、搾取されたり騙されたり操作されることが少なくなるはずなのです。最近、炎上していたレペゼン地球のDJ社長が、随分前ですが経営に関する長い動画を上げていらっしゃいます。「頑張る方向性を間違ってはいけない。遠くに行くのに一所懸命自転車を漕ぐくらいなら原付の免許を取りに行った方がいい」と。その話をしている動画は若い人たちにも経営というのがどういうことなのか、少しわかる動画だと思います。集客の難しさや人脈の大切さを面白おかしく語っている真面目な動画です。基本的に会社を経営するということは、支払いを先にしてより多くの利益を回収するというシステムなのです。

まとめ

 本気のニートは汗だくで自転車を漕がない。原付の免許を取っている時点で少なくともニートの枠組みから外れるのかもしれないけれど。

 

授業中板書を写してる間に、いつの間にか消されている問題

 今日はノートの話をしよう

 私は職業柄生徒さんたちのノートを見ることが多いわけで、今日はそのことについてちょっと書いてみたいと思います。まぁ、率直に申し上げて、ノートが綺麗か汚いかということと成績の良し悪しに、相関関係はほぼないのではないかと私は思っています。しかし、ノートを取るのが致命的に遅いこと、問題を解くのが極端に遅いことは成績の良し悪しに何らかの影響があるのではないかと思っています。そもそもノートを取るほど授業を聞いていないというのは外します。授業を聞いてない人々は、まず授業を聞こう!もう、君ら学校の授業舐めすぎ。時間がもったいないじゃないか、拘束時間長いんだから。授業を聞いてない人は聞くだけで、成績は伸びる可能性があります。本日は、ノートのお話です。

 で、女子生徒に多いことなんですけど、綺麗にノートを取りすぎて、内容が全然頭に入っていないというケース。ノートを書くのに時間がかかりすぎると板書が消されるスピードに追いつけないということも考えられます。ノートは取ること自体にはあまり意味がなくて、それをいかに覚えるかに意味があるのです。

 以前、とても国語の成績が良い高校生が自分はなるべく授業に集中して、先生の目を見ながら聞いているのだと言っていました。その間、ノートを縦に開いて上のページには先生が言ったことを聞きながら殴り書きし、時間に余裕があるときに、下のページにまとめるんです、と。

 高速でノートを取って、板書じゃなく、先生が言ったことを片っ端からメモしていってみてはどうでしょう。つまらないダジャレもメモるのです。まず、綺麗にノートを取るのではなく、全部メモ。そうしているうちに、いかに自分が聞き逃していたのかを意識するようになるのではないかと思います。慣れてくると、きっとノートに取るべきこととそうでないことがわかってくると思います。人が喋るスピードについていけるかどうかの心配はいらないと思います。わりと先生は同じ内容を何度も繰り返しているでしょうし、どうでもいいダジャレとか書いていくと、先生の意外な一面に気づくことがあるかと思います。高速で書くと頭もフル回転しないと追いつけませんし、手を動かし続けると寝ている暇なんてありませんから。とにかく、高速で書き続けるんです。

 問題を解くときもそうなんですけど、とにかく遅いのはよろしくない。英文法なんて、知識問題なんだから、知らない単語、知らない文法をひねり出して出てくるものではありません。まず、文法問題集を解く前に、覚える作業が必要です。問題は知らない知識を抽出するために速く解いて知らなかった問題は確認して間違ったところを覚えるようにしましょう。解いた→間違った→オワタ→放置というのでは身につかんのです。いやいやいや、じっくり考えれば思い出せたのに…と、思ったそこのアナタ、甘い。甘いよ。甘すぎるよ!だって、長文読むんだぜ。結局、流れるように理解していかないと、3分かかって1文読むペースじゃ、長文なんか解き終わらないんだ。もう、いっそスマホ禁止とか、やめちゃえばいいのに。板書をスマホで撮って家で復習とかで。聞き逃すぐらいなら。って、それノートの話じゃなかったですね。でも、授業は大事に。基礎は大事。

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やればできる子はやってもできない子よりある意味たちが悪いという話

やればできる子というのは、つまりやってないからできない子のことではないのでしょうか

ものは言いようですな。

「やればできる」というと、まるでできる子みたいな錯覚をしてしまう都合のいい表現だなぁと思います。やってないからできないのに、やればできるんだから今はやらないでおこうと思ってしまうものなんですよね。だから、やればできる子は、これからもやらない可能性が高いんだと思います。

 やればできる子は、自分がたとえビリになっても危機感はないのではないかと。彼らはやればできるから。たいてい、やらないままできないままになるのです。

 やればできる子は、やってもできない子よりもある意味厄介なのですよ。

 やってもできない子は、正味やっていないことが多いので、本気でやらせるとどんどん伸びていくことがあります。そして、やってもできない人は、やり方を間違っている可能性もあります。たとえば、やるべき順番を間違っているとか。ある程度易しい長文から始めるべきなのに、知らない単語がいっぱい並んでいる長文をひたすら辞書を引いて読んだり。辞書を引くのは大事だけど、辞書を引く時間はもったいないです。1行に未知の単語が3つも4つもあるのに辞書を引いて読んでいては、最後までたどり着けません。先に単語をある程度覚えてから、あるいはレベルを落とした方がいいです。

 また、学校の宿題だからとレベルの合わないものを徹夜でやるぐらいなら、さっさと切り上げて答え合わせをして、寝てしまった方が翌日のためになると思いますよ。学校はすべての生徒のレベルに合ったものを宿題にすることはできませんから。

 それから、とにかく遅いのです。暗記なのに、すぐに思い出せないのを時間をかけてだらだら考えるぐらいなら答えを見て早く覚えようね。そもそも、インプットしてないのにアウトプットしようとするのは、まったく時間の無駄。まず覚えることからやったらいいと思います。

 でも、やたら時間をかけると、やっている気にはなりますよね。しなくていいことに時間を取られている場合もありますので、それは本当に必要なことなのか考えたほうがいいと思います。ノートを綺麗にとるのに一所懸命になりすぎて、授業が全然頭に入らないとか。すぐに板書が消されて「あー、あとでノート見せて」って隣の人に言うという、それは過去の私ですね。なんであんな無駄なことやってたんだろうって。

 やってもできない子は、やり方を変えればできるようになる可能性が高いのです。少なくとも、「できませんから」っていう現状を把握できていることは素晴らしい。現状から目を背けると、目標が達成できなくなるのですが、人間、そんなに強くないですから、テストの結果が悪いと闇に葬り去ってしまいたいものです。気持ちはわかります。しかし、そこからどうやって立て直すか分析しないといけません。塾の先生には、さっさと悪い答案を見せて次の一手を考える方がいいと思います。

 とにかく、問題を解いて、丸バツをつけただけとか、質問しただけとか、書いただけとか。とりあえず、席についただけとかの人々は、理解して覚えるまでやったら結構できるようになると思います。

 でも、一番目につくのは、やり方の前に学習時間がとても少ない場合が多いです。勉強をする習慣がないのです。

 以前、まったく家で勉強しない生徒さんがいまして、本当に宿題を出しても、まあしてこないわけです。そこで、1週間「家に帰ったら5分間勉強はしなくていいから机の前で椅子に座ってテキストを広げるだけ」という宿題を出してみました。問題は解いてもいいし、解かなくてもいい。でも、5分間は座っておかないといけない、と。すると、やはり本人も退屈だったのか、5分間座るだけの宿題だったのに、期待以上の宿題をしてきていました。

 なんと、その後3ヶ月ぐらいで定期テストでクラス順位2位になっていました。それまで、まったく見せてくれなかったテストの結果を頼みもしないのにすぐに持ってきてくれましたし。やっぱり、そういうことがあると嬉しくて勉強するようになるんですよね。

 わかりやすいでしょう。

 みんな誤解してるようですけど、できる人はやってるからできるというのもありますけど、ほとんどの場合できるからやっているんだと思います。

 やってもできない子で、特定の分野に障害がある方もまれにいらっしゃるので、それは専門家に相談された方がいいと思います。

 で、やればできる子は、そろそろやってもらっていいっすか。私は、やればできる子の頑張りにすごく期待してるんだけど。 

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パタパタする表紙との飽くなき戦い

カバーと表紙と私

 なんだか、「部屋とYシャツと私」みたいで恐縮。すでに、小見出しをつけるのが面倒くさくなってきました。さて、今日の話題。

 本の表紙はパタパタ捲れて鬱陶しいし、そのうちちょっと湿気を帯びてさらに反り返ってきたりして、おまけに「ロングセラー!」だの「◯◯で紹介された」だのどうでもいい帯までついていたりします(私は帯はすぐに外す派ですが)。だからと言って表紙を完全に外すとザラザラした、白っぽくて安っぽい1色刷の、地味な表紙になってしまうし、どうしていいものかと迷うわけですが、これが私にとって長年の悩みの種なのでありました。

 昔、よく使用していたのはどこにでも売っている透明のペラペラのブックカバーですね。パタパタは軽減されるものの、今度はブカブカという新たなる問題が発生するわけです。このブカブカをなくすために、次に考案したのが、カバーを完全にのりとテープで貼り付けて固定するというパターン。これでブカブカは完全に解消されました。

 しかし、なんとなく「ブサイク」なんですよ。「見た目が100%」などと言われる世の中で、果たしてこの「ブサイク」は許されるであろうか、いや許されない(反語)。と、そこで次に登場したのが、図書館でよく使われている表紙に貼るフィルムです(←イマココ)。

 今、よく使う本で、なおかつ売る予定のないものは、フィルムを貼って固定して心の安寧を保っているところです。やっとここにたどり着きました。とても快適です。しかし、このフィルムの欠点は、貼るのにちょっと時間がかかるということ、慣れないと気泡が入ってしまうことなどです。わりとお金もかかります。

 でも、表紙がパタパタするのだけはねぇ…と思いながら、今日もパタパタする表紙にフィルムを切り貼りしています。出版社さんも、カバーの外のカバーじゃなくて、外のカバーぐらいつるつるして分厚いカバーでペーパーバック風に作ってくれたらよいのに。

 みなさんは、どのようになさっているのかしら。

 余談ではありますが、昔、書店で働いていたある日「(書店の汚れよけ)カバーをお掛けいたしましょうか?」と(いつもの決まり文句ですけども)お客様にお尋ねしたところ、ある上品な高齢のご婦人が「カバーをかけるとどううなりますか?」と仰ったので、若かった私は「カバーが掛かった状態になります」と、ありのままを告げてしまい、周りから「当たり前だろう!」とその女性がお帰りになったあと、散々つっこまれてしまいましたというお話。

お後はよろしいようで。

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