現代文は『暗記』が武器になる?

「現代文ってどうやって勉強していいのか分からない」
「現代文は才能」
「現代文は本を沢山読めば出来る」

現代文ほど個人で勉強しにくい教科もない。
これが一般的な評価だと思います。

同じ国語でも古文や漢文は、単語や文法の暗記でどうにかなる。
現代文で出来る暗記なんて漢字くらい、と考えられがちです。

でも実際、現代文にも『暗記』が出来ます。

というのも現代文で出てくるテーマはそんなに数が多くないからです。

このテーマというのは、例えば「異文化交流」「男女平等」「環境保護」などなど
現代社会や世界が抱えている問題に焦点を当てたものがほとんどです。

そして、それぞれにパターンがあります。

「異文化交流」なら大抵、比較される文化が2つ出てきて、
1つはほぼ日本文化で、出題文の筆者は日本人です。
さらに交流するもう一つの異文化が出てきて、
その文化と日本文化の共通点や異なる点が出題文中で語られています。

日本人である筆者が、異文化の中で過ごす内に気づいた
「外から見た日本文化」というのがよく出てきます。
(例えば、西洋と比較して日本人は自分の意見を主張しない、とか)

その後に、筆者が2つの文化を比べてそれぞれを批評します。
大体、長所と短所を1つずつか、日本文化の改善すべき点をあげます。
ここが筆者の考えって奴です。

そして設問を読んでみると
「2つの文化の共通点と異なる点をあげよ」
「筆者の考えを説明しなさい」
なんて問題が出題されがちです。

このようにテーマごとに文の構造と出題パターンはかなり似ています。
「文化」なら2つの比較、「環境」なら自然と人工の対立、
「平等」なら現代社会の抱える矛盾や問題…

というように「お決まりのパターン」が存在します。
これを知っておくと、出題文を読んだ時に
展開を読みやすくなり理解しやすくなります。

さんざん見たドラえもんのアニメの展開が読めるように、
現代文も展開が読めるようになります。

のびたがドラえもんに頼って、ひみつ道具で調子に乗って
最終的に失敗するんでしょ?といった具合に、

破壊されている自然環境があって、それは人間社会の都合だけど
最終的に人間に悪いことが返ってくるんでしょ?(森林伐採や温暖化)
と展開が読めるようになります。

このパターンを知っているかいないかで理解のしやすさは段違いです
理解がスムーズなら、筆者や設問の意図が把握しやすくなり、
高得点の解答に繋がっていきます。

このパターンの暗記方法ですが、
手っ取り早いのは社会の「倫理」を勉強して
人類がどのように思想を進歩させてきたのかを知るのが近道です。

詳しくはまた…

偏差値で志望校を決めていいのか?

受験を控えている中学生や高校生、そして保護者の方々、
志望校ってどうやって決めますか?

人それぞれの夢や目標があり、そこから志望校がリストアップされ、
その中で自身の成績や学力から受かりそうなところを第一志望にすると思います。
そして、その成績や学力という指標は、「偏差値」で決めるという人がほとんどでしょう。

例えば、自身の偏差値が57で、
行きたいと思っている学校のうちの一つが偏差値55なら、
まぁ受かるかな?となりますね。
でも本当に行きたい学校の偏差値が60だったらどうでしょう?
ちょっと厳しいかな…と思いますよね。

こんな風に偏差値をものさしにして、志望校や受験校を決めるのが主流でしょう。
ただこの決め方、大きな落とし穴があります。
ずばり、その学校の偏差値は正しいのか?

一例として、大学受験で東大なら偏差値70で、
高校受験で佐賀西なら偏差値69です。
これは東大受験と佐賀西受験が同じ難易度ということではありません。
(そもそも大学と高校だし)

偏差値というのは、あくまで相対評価でのものさしです。

東大と佐賀西の偏差値が数字では70と69でほぼ同じになる理由は、
大学受験する人全体で東大に合格する人の偏差値が70位で、
佐賀県立高校を受験する人全体で
佐賀西に合格する人の偏差値が69位ということです。
そもそも、比較する集団が違うということです。
言い換えるなら甲子園での150㎞のストレートはめちゃくちゃ速いけど、
プロ野球だと平均位ということですね。

偏差値は60なら全体の10%、70なら全体の1%です。(厳密には違いますが)
大学を受験する人全体の1%くらいが東大に受かるから偏差値70!みたいに決めているんですね。

この時点でこう思うでしょう。
「そんなテキトーに決めているの?」

実際かなりテキトーに決めているみたいで、
某大手予備校が発表する大学受験偏差値は、
数人の先生がなんとなくで決めたものを
20年以上使い回しているみたいです。
受験の偏差値なんてわりと雑に決まっているものです。
それでもそこそこ精度が良いのでずっと使われています。
(=偏差値通りの結果になる)

ただこれは集団の結果を予測するのには適していますが、
個人の合否予測には不適切です。

偏差値70の受験生100人は60%位で東大に合格する。
(100人中60人位が合格する)

この予測は受験生を送り出して、
その結果を広告にする学校や塾によっては非常に良いものさしです。
なるべく全体の結果をよくしたいので、
不合格になるくらいならレベルを落としてでも
「合格者」の数を増やしたいですし、
逆に難関校の合格者数を増やしたいと思えば、
可能性が低くても受験させようとするでしょう。

しかし、受験生一人ひとりにとってこの予測は有用でしょうか?

得意科目や苦手科目、問題形式などなど偏差値以外にも
受験戦略を立てるために使える情報はあります。
偏差値だけに注目していると足をすくわれるかもしれません。