高校に入って英語が解らなくなる原因を考えてみました

 中3まで英語が得意だった人でも高校英語が苦手という人は案外多いのです。私もそうでした。それでも、中学の時から英語が好きで単語を覚えるのもそんなに苦痛ではなかったので、不安定ながらも英語がそんなに『苦手』というわけでもありませんでした。今日は、なぜ中学の時に得意な英語が高校に入って“まったく”“さっぱり”わからなくなるのかを考えてみたいと思います。

原因は、大きく分けて5つぐらいあるのではないでしょうか。

原因その① そもそも中学英語があやしかった。

原因その② 高1の最初で出遅れた

原因その③ 覚える量が多い

原因その④ 遅い

原因その⑤ 国語力がない

などです。では、ひとつずつ見ていきましょう。

その①:中学英語がきちんと理解できていない

 入試の対策はできていたけれど、中学で学ぶべき文法がどれも中途半端だったのかも知れません。これは、少し戻って文法のあやふやなところを学び直すと驚くほど伸びると思います。だいたい、中学文法があやしくなるポイントは決まっています。特に中学までは得意だった人でつまずくポイントは、中3の現在完了あたりからです。ここがクリアできている人は、関係代名詞、分詞辺りです。この辺になると、「あれ、英語嫌いかも」と思い始める人がチラホラ出てきます。でも、わからないところが明確であれば、そこに戻って学習すればとても解るようになります。面倒だけど、戻って学習しましょう。

その②:油断した、出遅れた

 油断してしまいましたか。迂闊でした。意外に、高校受験が終わってホッと一息ついている間に、じつは英語の重要な文法をさらっと流してしまうのです。文型も大事ですし、文の成り立ちも重要です。文の成り立ちというのは、品詞とその働きですね。文章中の語を個々に見て品詞を識別することはできても、「その品詞がどのような振る舞いをするのかはよくわからん」ということなら、それは高1の一番最初に戻るとすごくスッキリします。そこをきちんと復習した上で5文型をおさらいしてみてください。

その③:覚える量が多い

 量は減らせないです。だから、なるべく早めにスタートした方がいいと思います(今さら感)。少なくとも、暗記が苦手で特に漢字を覚えるのも億劫だという人は単語の暗記で苦戦する可能性があります。頭の回転の速い人にありがちな「自分は賢いので、そんなにコツコツやらなくてもすぐに追いつける」と思っているうちに、追いつくのが困難なほど周囲に引き離されてしまったという人もいると思います。でも、コツをつかめば覚えられますし、覚えていくうちに関連する知識も増えますから、覚えやすくなっていきます。こればっかりは、地道にやっていったほうがいいです。

その④:遅い

 ありがちです。とにかく、読むのが遅い。解くのが遅い。このお悩みはかなり多いです。よく「速読をやった方がいい」という人がいますが、その前に精読が正確にできることが重要です。中学の時に文法問題はゆっくり考えると解けたけど、反射的にアウトプットする訓練をしていないからすぐに文章が組み立てられなかった人がわりといらっしゃるのではないでしょうか。中学文法はマスターしたんだけど、遅いという人は短い文章をできるだけ速く読んだり書いたりできるように訓練をするといいと思います。短い文章はそれでもあまり問題ないんだけど、長文を読むのが遅いというのであれば、とりあえず、スピード以外の別の要因を探してみましょう。たとえば、国語力とか。

その⑤:国語力がない

 国語力をアップさせましょう。国語は「伝達」の言語であり、我々母語話者にとって「思考」の言語でもあります。国語力を鍛えることも重要ですが、パラグラフリーディングを学ぶことで、ある程度展開が予測できる場合もあります。文法の基礎がある程度理解できたら長文読解問題やパラグラフリーディングのテキストを使って構成を学びながら学習していくといいですよ。

まとめ

 あんなに楽しかった英語が、今では一番嫌いな教科に…なんて思っている人もいるかも知れませんが、やればやるほど伸びる教科でもあります。あんまり欲張りすぎないように、100語ずつ暗記だとか、1単元すつ、1長文ずつ、やっていけばいいと思いますよ。

 

 

Flood

佐賀駅は午前中水浸しになっていたようですね。駅の北側に位置する当塾も少し高くなっているとはいえ、フロアの絨毯が少し湿っておりました。最近カフェイン依存になっているので、近くの自販機でコーヒーを買おうと下りて行ってみると、悉く電源が切られています。仕方がないので、駅の近くのコンビニまでと思っていたら、途中の自販機が使えたのでそこで買ってきました。今日は、少し早めに塾を閉めようと思います。心配してくださったみなさんにこの場を借りて御礼申し上げます。

 

つらい思いをすること=努力ではない

 眠いのに我慢して遅くまで起きて宿題することとか、誰かに何かを言われて傷ついて勉強がおろそかになってしまうこととか、本人は「こんなにつらい思いをしている自分は我慢強い。えらい」と思うでしょう、でも、それはあまり意味のない努力です。頭が働かないほど眠いのに宿題が終わらないからだらだら起きてやるぐらいなら、答えを写して早く寝た方がいい。学校はみんなのレベルに合った宿題を出すことができません。そんなに時間がかかる宿題はそもそもレベルが合っていませんから。そして、誰かに傷つけられても、それに振り回されて何も手に付かないのは時間の無駄。傷つけた人はきっと何とも思っていないでしょう。傷つけられることに耐えるのが努力ではなく、傷つけられたことを忘れるのが努力の健全なあり方だと思います。

 なぜなら、それは「自分のためになるから」です。自分のための努力が将来の自分を救い、乗り越えられた自分を強くするのだと思います。

言われた通りにやることは大事。でも、それは自分のためになること?

 先生が言ったことや親が言ったことに従うことは大事です。それは、その道の専門の人や人生経験豊富な大人が良かれと思って言っていることだから。しかし、人間は完璧ではないですし、自分には当てはまらないことってあると思うんです。人それぞれ、個性があって誰一人同じではないですし、先生や親世代とは生きている時代にズレがあります。ちょっと古い時代の常識は今の常識と重なる部分と重ならない部分があります。では、どうすればいいのか。考えるのです。自分の頭で考えて自分の考えで行動することです。他人を変えることはできませんから、自分の考え方を変えるのです。難しいけどね。他の人に従うことは楽ですけど、自分のために言ってくれたから従うべきと本気で思っていますか?自分のためを思ってくれていると考えるから苦しいのなら、それは自分のために思ってくれているのではないということだと思いますよ。相手は罪悪感を植え付けて支配しようとしているだけかもしれません。そういうのは、「依存」だと思います。「自由」とは案外「不自由」なのかもしれません。「自由」を勝ち取るには、ちょっとだけ「勇気」が必要だからね。

「努力はレッドオーシャン」

 「レッドオーシャン」という言葉は、もともと経営戦略に関する用語なのであまり中高生ぐらいの人たちには馴染みのない言葉だと思います。「レッドオーシャン」とは、血で血を洗う争いで赤く染まった海のことを意味します。要するに、競合が多い、みんながやっていることで争っても勝てないということなんです。「がむしゃらにやる」ということは素晴らしいんですけど、やり方がまずかったりみんなと同じようにやっていては勝てないっていうことです。

 「努力して上を目指しましょうというのを美徳とされるけど、一所懸命やることはレッドオーシャンですよ」みたいなことを落合陽一氏も言っています。そう、よく考えて効率よく学んだり視点を変える必要があるのです。たとえば、勝てない場所では(みんながやっているようにやっていたって)勝てないということ。効率よく学ぶことは、先生が言ったこと、親が言ったこと、友達が言ったことを考えなしにやることではありません。自分の頭で考えて、自分に合った方法でやるのです。そのためには、ある程度自分でいろいろやってみることが大事なんです。

 結局、なんだかんだで自分でやってみないといけないんですけど、それは「自分に合った方法を探すこと」「自分のための生き方を探すこと」にあてられるべきで、何も考えずにだらだらやることに時間を割くことではないんですよね。

 結局、努力だけでは評価されないのです。「結果がすべて」それが受験であり、世の中ってもんなんじゃないでしょうか。

 

外国人の外国人っぽいところ

 今日は、台湾人の友達が「真珠茶」なるものを大きな鍋で煮込んでいるのをインスタグラムにあげていまして、「なんだろう?」と思った私は尋ねてみました。彼は、奥さんと3人の息子と一緒に暮らすとても家族思いのパパで、一時期はイタリアン・シェフを目指していただけあって、休みの日には家族のために簡単なものを作ってあげているようです。「パール茶?」「普洱茶?」ネットで調べた結果、「タピオカ」のことでした。外国人は流行りのものを買ってくるのではなく、何か材料を買ってきて自分で作ることが多いです。

 ヨーロッパでも、ちょっと家のものが何か壊れると大工さんに頼む前に、まずはDIYでお父さんが直すことが多いようです。私が塾の内装を業者さんに頼むと言っていたら「なんで自分でしないの?」とイギリス人に不思議がられました。そりゃー、できるものなら自分でするでしょう。私は不器用なんだから。

 それを考えると、台湾の友人もとりあえず自分でなんでも作っちゃう人だなぁと思いました。日本では、どちらかというと「買った方が安い」とか「自分でやる時間がない」とか、そういう感じだと思いますけど。

 私は、なんでも自分で作ってみたり修理したりしている人を見ると「外国人みたいだなぁ」と思うのでした。みなさんは、どうなんでしょうかね。

 

【My Accent】を試した結果

 

 アメリカン37%、ブリティッシュ63%となりました。これは、私にとって今までで一番ブリティッシュ度が高い結果となっております。My Accent  というサイトは、英語学習者なら大抵の人は知っている、AtsueigoのAtsuさんが紹介されていました。誰でも無料で試すことができるので何度かやってみました。私は、イギリスに行ったことはありますが、アメリカに行ったことがありません。しかし、現在日本に住んでいて、大抵の教材はアメリカ英語の発音とアクセントなので、こちらで聞いているのはアメリカ英語がほとんどです。アメリカン・アクセント80%ぐらいと認識されてしまったこともあったので、頑張ってちょっとフラットに喋ってみまして、今日はブリティッシュ・アクセント60%超えを果たしました。

もちろんアジア系の訛りはありますが…

 イギリス人に断言されましたので、アジア系の「一生消えないアクセントがある」と。だから、アジア系にほどよく訛っているとは思います。日本人の中では、それでもまあまあ訛りがきつくない方だと自負しているんですが。「ほんのちょっとよ」と慰めてもらったんですけど。そしたら「訛っている」と言った本人が「アメリカ人ほどじゃない」って。アメリカ人は訛っているという認識なのが、イギリス基準過ぎて笑えるんですけど。

 AtsueigoのAtsuさんの努力がすごすぎる。とても流暢ですし、ブリティッシュ・アクセントが90%超えだったんですよね。確か。とても、特徴を研究されているのか、アメリカ要素がほとんどないってことですよね。

 だって…

これは、イギリス人の結果です。

「やっぱりイギリス人だった」って。逆に、12%もアメリカン要素があったことに驚きました。私が聞いた限りでは、コックニー訛りみたいな独特なイギリス英語を話す人なんですけどね。

 

引きこもりを外に出そうとする愚

 児童生徒のひきこもりについて調べてみようかと思っていたら、ネット上では中高年の引きこもりが深刻だという内容で溢れていました。もう30年も引きこもっている人もいれば、年を取ってから引きこもった人もいらっしゃるようです。「趣味では外出する」という、「それは全然引きこもってないと思うよ」というレベルまであって、引きこもりの線引きも難しい気がします。疑問に思ったのは、「引きこもりをどうやって社会復帰させるか」という考え方を調査している内閣府が押し付けている感じがするところですね。引きこもって働けない人たちを無理矢理外に引っ張り出そうという考え方そのものがもう古くなってきているのではないかと私は思うのですが。

 学校にせよ職場にせよ、外向きの性格でなかったり、ちょっと他人と違う外見や考え方を持っていたら不利であることに違いありません。不利な場所で戦うのは、本人にとって何の得にもなりません。搾取する側、人を牛耳る側は引きこもっている人が外に出た方が都合がいいのでしょうけど。もう、その考え方も機械が活躍する時代になれば終焉を迎えるかもしれませんね。「戦い方を間違うな」ということでしょう。

 引きこもりは個性なのではないかと思うのですよ。外交的な人と内向的な人がいて、内向的な人はあまり外に出たがらなかったり、外に出たら傷つけられてひたすら我慢したり。たまたま、外で働くのが苦手なだけ。合わせるのが苦手なだけ。ただ、それだけなんじゃないかと。

引きこもっても稼げる術を

 今は、インターネットも発達していて何かひとつ抜きん出ている能力があれば、それを武器にネットを使って稼ぐこともできるのではないかと思います。技術と材料があれば、家から一歩も出ずに物を作ることもできるし、インターネット経由で売りさばくことも簡単にできます。ノウハウを学ぶことも書籍を買うことも借りることも容易にできるのではないでしょうか。引きこもりの人たちというのは、もともと社会に出て働いて我慢して疲れ果てた結果引きこもっているのに、また疲れる場所に引っ張り出すのが果たしていいのでしょうか。外に出て外で働くのが絶対いいのだと誰が決めたのでしょう。マルクスは資本主義を「働くものは儲からず、儲かるものは働かない」といいました。資本主義が『競争』を基本原則としている以上、強者と弱者に別れていきます。弱者は強者と戦うから弱者であって、強みを生かせる別の場所で戦う必要があるのではないかと思うのです。集団の中にあって負け続ける人は発想を変えて勝てる場所にさっさと移った方が健全なんじゃないでしょうかね。

学生である間に自分の売りになるものを身につけよう

 結果的に、稼げるようになるには、一日中夢中になれるものを見つけることが大事です。別に、夢みたいなことを言っているのではありません。今は大抵のものは安く手に入る世の中になりましたし、ちょっとのことでは人は満足しなくなりました。だからこそ、自分にしかできない何かを見つけて才能を伸ばしていく必要があるのです。好きなことと得意なことが一致すればいいのですが、なかなか好きなことでも上手に出来ない場合があります。そんな時は、好きなことよりまずは得意なことを仕事にした方がいいのです。嫌いではない得意な分野で稼ぎ、好きなことを他人より長期間続けることによって好きなことで稼げるようになったらいいのではないのかな。弱点を克服しようとして、時間ばかり無駄に使って得意なことまでダメにしないことが、これからの時代必要なんだと思いますよ。

まとめ

 引きこもりは家で楽しくスキルを磨く。それでいいと思うよ。

 

 

そろそろガリ勉のカッコよさに気づこう

 周りが勉強していないときに「自分だけ勉強する」「周りに合わせて勉強していないふりをする」さあ、あなたならどっちを選ぶでしょうか。周りが勉強していない時に自分だけ勉強すると浮いてしまうという話をときどき耳にしてきました。高1、高2の生徒さんは意外に時間的余裕があるので時間を無駄にしてしまうことがあるようです。周りが勉強していない時に学校ではまったく勉強しないふりをして塾や家でがむしゃらに勉強する人がたまにいるんですけど、受験期になると「もうカッコつけている時間ないんでどこででも勉強します」という風になるのです。周りが勉強していないときに「差をつけるチャンス」と思える人は当然「できる人」です。今ではもうあまりガリ勉なんて言わないのかもしれませんけど(昭和か)、なりふり構わず勉強した方がかっこいいです。そもそも、周りが誰も勉強しないという環境はかなり「痛い」と思った方がいいと思います。なぜならば、できない人と勉強すると作業効率が落ちるからです。

つらいことを我慢することが努力なのではない

 でも、つらいことは続けられませんよね。ならどうすればいいでしょう。楽しく勉強すればいいのです。私の母が誤解していたことには、学習塾に行って「楽しかった」というと、どんなに成績が伸びてもどんなに勉強しても「塾で遊んでいる。塾はやめなさい」と言われていました。勉強は苦しみながらすることではありません。むしろ楽しんでやらないと続けられません。しかし、勉強は勉強なので遊びのように毎回楽しんでできることではありませんよね。難しい勉強でも、楽しくなる方法はあります。それは、早期に成績を伸ばしてトップを経験することです。全教科がどれもトップから遠い場合、一番好きな科目一つに絞って伸ばした方がいいです。一日中勉強していられるような科目を時間をかけて集中的にやると成績は伸ばせるはずです。面白いゲームに共通する4つの項目の一つに「勝てること」とエリック・パーカーは著書の中で言っています。勝てない勝負はつまらないのです。だらだらやったふりをしてもいつまでも勝てません。範囲が狭いうちに勝てるゲームにしておいた方がいいです。そうこう言っている間に、受験を迎えますから。3年生になった頃にはかっこ悪いなどといっていられなくなって結果的に、時間的に間に合わなくなりかねません。

 

ガリ勉は得をする

 なぜ誰も勉強していない時に勉強すると得をするのか。目立つじゃないかと思われるかもしれません。でもそれがいいのです。目立つから、生徒の間でも目立ちますし、先生の間でも評判になります。成績が伸びなかったらかっこ悪いでしょうか。逆に、成績が伸びなかったら助けを借りやすいのです。友達が「あれだけ勉強しているのにできないやつ」なんて、笑うでしょうか。もしそうならそんな友達は友達ではありません。親友も先生も、一所懸命な人には手助けをしてくれるものです。勉強する人がそばにいてくれると、周りが変わります。周りも勉強する雰囲気に変わるのです。是非、そうやって自分から雰囲気を変えていってください。

まとめ

 人前で勉強する人はかっこいい。得意科目からやり始める方が挫折が少ないです。目立つほど勉強すると周りが変わります。そして先生にも好かれますし、助けてくれます。そうやって勉強を続けると、そのうち成績はあがるのです。勝てない勝負は勝つまでやればいいと思うよ。

 

 

模試の使い方を考える

 もうすぐ佐賀県では第2回県下一斉模試があります。当塾でも模試の過去問を使って対策し、模試の解き直しをして次の模試に備える方法を考えます。どのようにして学習していけば模試を有効に活用できるでしょうか。学習方法に正解はありませんが、あくまで一例として軽く読んでいただければと思います。基本的にセンター対策などにも応用できますので参考にしていただければ幸いです。

準備編

 はじめに、友達をたくさん用意します(笑)。なるべくたくさんいた方がいいです。できれば友達の友達のそのまた友達あたりまで声をかけて県模試の過去問を持っている人が友達にいないか尋ねます。この時点でかなり友達の輪が広がりました(笑)。あとは、友達の情報収拾能力に期待しましょう。本人が持っていたらラッキーですが、とにかく誰かが「それなら塾でもらった」とか「兄弟がファイリングしていた」とか「その辺に落ちていた」とかいうまでひたすら尋ねます。そして、見つかったらその友達には親切にしてあげて感謝しながら慎んでコピーを取らせていただきましょう。

 次に、目標点を決めます。それから、模範解答の配点を大問1〜6まで書き出します。そこに、目標点から確実に得点できそうな大問、自信のない大問などを考慮しながら点数を割り振っていきます。ここで、自分の描いていた漠然とした目標が明確な点数としてイメージできるはずです。さらに、時間配分を割り振っていきます。ここで、大抵の模試では前半に発音アクセント、文法、会話のような流れが確認できると思います。そして、配点を見ると最後の方にある大問5、6の長文の配点がとても高いことに気がつくと思います。過去問を見て時間が足りなくなる可能性があると思ったら、大問5、6から本番は解いていきます。大丈夫そうなら、頭から解きましょう。発音アクセントから5、6に飛んでもかまいません。時間を計って解くとどこで時間がかかるのかが大体わかると思います。一通り解いてみて、思ったほど点数が取れていなかったらどこに問題があるのかを見て対策していきます。

テストが終わったら

 どこで間違ったかをもう一度見直し、解き直しをします。学校によっては解き直しをして提出しないといけないところもあると思います。提出が終わったら、自分の復習用、後輩、兄弟姉妹のために問題用紙の書き込みを消してコピーをとって保存します。発音アクセントや文法問題はとても似ていますので、復習用にはとてもいいと思います。それから、県模試の英作文は同じ文法を問うものが数年連続で出ていることがあるので、持っておくと誰かのために役に立つでしょう。

まとめ

 模試は、過去問を解いておくとおかないとでは、結果がまったく違ってきます。だから、なりふり構わず過去問を持っている人を探してみましょう。

 試験とは、

 「人脈!」

 

  頑張りましょう。

 

 

NHKにフラメンコ・ギター

 「NHKをぶっ壊す!」と言って物議を醸している「NHKから国民を守る党」党首、立花孝志氏ですが、最近ではまたマツコ・デラックス氏の「一体これから何をしてくれるかで判断しないと、今のままだと単なる気持ち悪い人たちだから」という発言に対し、マツコ氏の出演する放送局におしかけて出待ちをするという形で応戦しました。賛否両論ありますが、「NHKの受信料徴収」に関しては、納得いかないところも多く、それに関しては立花氏の意見は筋が通っていると思われます。しかし、マツコ氏の「これから何をしてくれるかで判断しないと」というのは忘れてはいけないことですね。「NHKのスクランブル化以外の政策」が見えないからです。宗教じみているというマツコ氏の発言も、その聴衆の扇動の仕方がまさに宗教のそれっぽいということなのでしょう。「自民党をぶっ壊す」と言って人気を集めた小泉純一郎元総理のいわゆる「郵政選挙」が思い出されます。良し悪しはともかく、今日はその話ではないんです。前振り長いけど。今日は、「N国党」と同じようなことを言っていた科学の先生がいらっしゃったなぁというのを思い出したので、先生はお元気かなぁと思ってこれを書いています。

毒舌教授

 もう退職なさった先生なのですけど、とても風変わりな先生が昔いらっしゃいました。当時はコンプライアンス的に自由な発言をしてもかなり許される時代だったので、過激な発言を自由気ままになさっていて、大学ですのでアンチは履修しないけど、それでも大変人気がありました。私は、面白かったので履修していたのですけどね。さんざん毒をお吐きになるので近寄りがたく、私が授業で聞いたことを面白おかしく伝えるのを履修していない友達は毎回聞くのを楽しみにするぐらいでした。先生はフラメンコ・ギターを習い始めたのだと言って研究室でギターを披露してくださったこともあったのですが、ギターのことを熱く語っていらっしゃった時のこと、「うちにNHKの受信料の徴収員が来たらカミさんが俺を呼びに来るんだ」という話をしていらっしゃいました。

NHKにフラメンコ・ギター

 それで、その先生はNHKの人が受信料を徴収に来るとなんだかんだ言って支払いを拒否していらっしゃったようなのです。ある日、いつものように奥様から呼ばれ、いつものように追い返すために、とにかく払わないの一点張り。さらに、頭の回転が速く、口が達者で毒舌の先生にまくし立てられた挙句、かわいそうな徴収員は先生のフラメンコ・ギターを聴かされる羽目に。

「せっかく来てくれたんだから、まあ聴いていってくれや」って(笑)。デロデロデロリー…カカンカーン(←ギターの縁を叩く)ですよ。もう、興味なかったら苦行以外の何物でもないですね(笑)。そして、気持ちよくギターを披露した後の先生の一言。

「おまえ、俺のギターを聴いたんだから、金払え」

さすがに、徴収に来た人もびっくりしたのではないかと思います。ときどき、徴収員さんの中にはとても横柄で不快な気分にさせる人もいますが、上には上がいるものです(笑)。

「お前らがやっていることはこういうことだ。勝手に電波流しといて金払えって。悔しかったらケーブルにしろ」と。

 こうして、その日はお引き取りいただいたということでした。NHKがやっていることは、先生いわくそういうことなのです。小中学生のみなさんには、わかりやすかったでしょうか。先生は、今もお元気でまだ毒を吐きながらギターを弾いていらっしゃるんでしょうかねぇ。

 本日は、教授と呼ばれる“勝手おじさん”のお話でした。

 

デュルケムの『自殺論』を易しい言葉で解説する

 デュルケムとは誰かといいますと、フランス第三共和政時代の社会学者のことです。デュルケムは『自殺論』で、その当時の社会問題になっていた自殺の問題に取り組んで、哲学から独立した学問として社会学という分野を学問領域として確立していきました。自殺の動機は人によって違いますが、デュルケムは統計をとって数値化し、自殺と社会の因果関係を客観的に分析したのです。そうして社会学的な視点と心理学、精神病理学的な視点とを区別しています。じゃ、デュルケムの『自殺論』はどういうものなのかを今日は書いていこうと思います。

『自殺論』はこういう本

 この本は、短いです。短いといっても本を読み慣れない人には短くもないかもしれませんが、この手の学術的な本にしては短い部類だと思います。この本の構成がどのようになっているかといいますと、

はじめに「自殺とは何か」ということを定義しています。

デュルケム的に、ざっくりいうと自殺とは「当人自身がした行為で結果的に死んで、しかも当人がその行為で結果的に死ぬんじゃないかと思っていた場合をすべて自殺」と定義しています。つまり、「これをやったら死ぬとわかっている行為をあえて自分でやって死んじゃった場合を自殺という」ということを言っています。

そして、本論を3つに分けて

1 「自殺の非社会的要因」

2 「自殺の社会的原因と社会的タイプ」

3 「社会現象一般としての自殺」

を分析しています。

1つ目。「非社会的要因」では、精神病的な状態、人種、遺伝、気候や季節などの環境要因などの社会的要因じゃないものは自殺と直接関係あるとはいえないことを言っています。

2つ目。「社会的原因と社会的タイプ」では自殺の類型を3つに分けています。

1「自己本位自殺」

2「集団本位的自殺」

3「アノミー的自殺」

「自己本位自殺」とは、社会が弱体化して個人主義がいきすぎた場合に増加する自殺のこと。例えば、プロテスタントはカトリックより社会の凝集性が低い、つまり拘束力のゆるい集団なので自殺率が高いという風に考えています。そして、自殺は女性より男性に多い。若年より老人に多い。農村より都市部に多い。既婚者より独身に多いということを実証しています。なるほど、これは現代の日本の統計データを見てもそのようになっています。プロテスタントとカトリックのデータは見てないけど。

次に、「自己本位自殺」に関して「宗教、家族、政治的な統合の強さに反比例して増減する」ということを言っています。

「集団本位的自殺」というのは自己犠牲や殉死のようなものを指します。近現代でいうと、軍人などですね。軍人の自殺率は一般市民より高いということ。

「アノミー的自殺」はアノミー状態で引き起こされた精神の不安定のために自殺することです。「アノミー」とは、社会による欲望の無規制状態。「法の不在」を意味するギリシャ後に由来する概念です。困窮状態はもちろん、繁栄している社会でも混乱期には道徳を与える社会が弱体化するから自殺が増加しやすいと考えています。デュルケムの統計によると好景気の時の方が不景気の時より自殺率が高くなるんですって。あとは、商工業者の方が農業従事者よりも自殺率が高い、と。

そして、最後に「社会現象一般としての自殺」では、自殺の増加抑止に同業組合制度と、男女平等参画などが自殺の緩和につながるということをいっています。

統計データを調べてみよう

 日本の自殺の統計は厚労省のサイトで見ることができます。日本で自殺が多かった時期を調べると、「戦後」「プラザ合意後」「バブル崩壊頃」いずれも社会の混乱期なんですね。やはり社会が混乱すると自殺する人が増加します。それから、年金受給者の自殺が近年増加傾向にあるという統計もあります。年金受給者ということは、高齢者ということになりますね。でも、日本はもともと自殺者が多いですから、そういう点でアノミー状態が常態化しているんでしょう。

 若者の自殺が問題になっていますけど、14歳以下だと死因の第一位はガンです。それに、若者の自殺が割合として多いのは、「若者は病気で死ぬことが高齢者に比べれば少ない」ということもありますね。

 社会の自由研究は、図書館の資料やネット上で公開されている統計資料に基づいて客観的な視点で書いていきましょう。社会問題に関する本を読んで自分が感じたことを書けばそのまま読書感想文としても使えます。夏休みの最後に残りがちな自由研究や読書感想文はもう、書けているのでしょうかね。では、今日はこの辺で。